『錦部寺(にしこりでら)の造営と渡来氏族』
〜「錦寺」刻書土器の発見をめぐって〜

 大津宮(667〜672年)と関わりが深い国史跡「南滋賀廃寺」近くから「錦寺」とへらで刻まれた9世紀末ごろの土器片が出土し、南滋賀廃寺の寺名が続日本紀に記されている『錦部(にしこり)寺』だった可能性が高まったと発表されています。土器は浅い杯か深めの碗の底部とみられ、縦7cm、横6.5cm。外側に太文字で「錦寺」と刻まれていました。同廃寺は大津宮中枢部の北約400mに創建され、廃都後も平安時代末期(12世紀後半)まで存続したらしく、宮の規模や構造を考える上でも貴重な遺跡とされています。
 今回は地元大津に関わる遺跡についてお話しして頂きます。

講演:大橋 信弥 氏(元滋賀県立安土城考古博物館学芸課長)

1945年 生まれ
1967年 立命館大学大学院文学研究科日本史学専攻修士課程修了、滋賀県立安土城考古博物館学芸課長ののち、現在は成安造形大学非常勤講師
専攻 日本古代史・考古学

【著書】
『継体天皇と即位の謎』『古代豪族と渡来人』『日本古代の王権と氏族』 『日本古代国家の成立と息長氏』(吉川弘文館)

【編著】
『ヤマト王権と渡来人』(サンライズ出版)
『新・史跡でつづる古代の近江』(ミネルヴァ書房)





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